カテゴリ:旅と建物( 1 )

 

旅から始まる

先日突然列車に乗りたくなりました。仕事では車での移動なので久しく列車に乗っていません。
昔から(小学生の頃から)乗り物が好きでした。身近には横浜市営バス・国鉄横浜線。
市営バスは出入り口が真ん中に一つで車掌さんが乗っていました。
その当時は横浜線の踏み切りを渡るときには必ず、車掌さんが降りて安全確認をしてから
バスは踏み切りを渡りました。
その頃のバスの方向指示器は面白くて、カバーからオレンジ色のプラスティックの腕が開いて
右折・左折の合図になっていました。誰も覚えていないかな?
停留所で降りるときは車掌さんが車内を見廻して降りる人が居るか居ないかを確認してました。
降りたいときには“ハイハイハイ”と叫んで車掌さんに知らせるのです。
また、横浜線には未だ蒸気機関車が八王子~小机間を1日1往復していました。C58です。
あの煙の臭いは何とも言えずに好きでした。
その頃の話は少しづつ書いていきたいです。
そんな列車好きの私を突然動かしたのは何だったのでしょう?
先ずは中山まで歩いて、行き先を決めずに、とにかく八王子行き(13:58発)の電車に
飛び乗りました。車内は暖かでした。皆じっと静かに乗っていました。
車窓からの景色は見慣れたものでした。が、家が新しく建っていたり無くなっていたり
工事中の足場が架かっていたりと変化に富んだ光景が横っ飛びに流れていきました。
町田~相模原の直線区間が意外と長かったのには驚きました。
やがて橋本に近づくと新しい高層マンションが正面にそびえて奥の高尾連山を背景にして
不思議な都会の絵を見た気がします。
八王子のホームに降り立ったときは流石に山が近いせいもあって
気温が横浜に比べると何度か低いなと言う感じでした。ホームをすり抜ける風を感じて。
この間訪れた八王子市「めじろ台」の「OMソーラー」の住宅が暖かかったのだと思いました。
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さて、どこへ行こうかな?と時刻表を眺めているうちに
小学生の頃に蒸気機関車の撮影に「八高線」に乗って川っ縁で写真を撮ったのを思い出し
15:16発の川越行きに乗りました。発車までの間は電車のドアは半自動になって
乗り込むにはボタンを押してドアを開けるのです。
皆、暗黙の了解で開けたドアは必ず閉めていました。
昔はディーゼル列車で撮影場所まで のんびりと行ったものでしたが
今は都会に走っていた通勤型車両を八高線用に綺麗に改造してお洒落な電車になってます。
やがて発車のベルが鳴り 電車がゆっくりと走り始めました。
間もなく車窓には大きな工場が次から次へと流れて行きました。
やはりこの40年の間には郊外が開発されて住む人も増え
のんびりとディーゼル列車に揺られてと言うのでは無くなったのがわかる気がします。
確か、小学生の頃の「八高線」のダイヤは1時間に1本あるか無いか?だったと。
特にこの辺りは横浜と違い、山坂が無いので各個日当たり良好です。
更には特に寒い地区なので「OMソーラー」の家は実力を発揮できるのにな~と独り言・・・・・
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のんびり電車に揺られて車窓をぼんやり眺めていると
しばらくして乗り換えの案内と「拝島駅」到着のアナウンスが流れて
ここで乗り換えよう。中央線に乗って東京へ。と言う考えが頭に沸きました。
そうです!東京の駅中(えきなか)が最近とてお綺麗になったと言うのをニュースで
きいたていたのを思い出しました。
また、中央線が今、高架工事をしていたのを思い出しどうなっているかな?
途中経過も見てみたいなと言う気持ちにもなったのでした。
立川まではいくらも係らずに到着しました。中央線はいつもダイヤが乱れて
電車の発着が遅れる印象だったのですが、今日は何の遅れも無く定刻に
電車が到着しました。で、ビックリです!!新型の電車がが滑り込んで来たのです。
良く確認したら全ての車両が新型のピッカピカの電車になっていました。
乗り心地も良くて中央線のイメージがガラっと変わりました。
立川を16:07に発車した電車は途中各駅に留まりながら東京へ。
着いてまたまたビックリ!!東京駅も綺麗に変身して 今までより少し上の階になって
いるではありませんか。時の流れに取り残されてしまった感じです。
長いエスカレーターで降りて行くとそこにはデパートの地下食品街と見紛うような
小綺麗なお土産品売り場がずらり並んでおりました。
これも今まででは考えられないような「駅」のコンコースでした。
暗くて狭くてその割には人の行き交いが激しくて、通り抜けるのにテクニックが必要な
駅の地下通路又は連絡通路としか記憶が無いので「浦島太郎」状態でした。
人気のお土産売り場では品物を購入する人の順番待ちの長い列が出来ていました。
以前は東京土産と言ったら「雷おこし」「舟和の栗蒸し羊羹」ぐらいだったのにな
今では殆どが横文字の洋菓子店がひしめき合っているではありませんか!
東京に憧れて出てきた人が、田舎へ帰ったときに精一杯見栄をはるのかなぁ~
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色々歩いているうちに自分が今何処にいるのかがわからなくなって来ました。
元に戻ろう。え~っと中央線の乗り場だったな~
うろうろしていて「あれっ?ここはさっき通ったじゃん!?」
鼻にピキピキっと感じるお店を発見!
それは「日本酒のショットバー」ではありませんか!!
全国全てでは無いのですが気の利いた日本酒を置いてあって小瓶でも売っていたり
その場でカウンターに座って簡単な肴で飲むことが出来るようです。
ただ、ちょっと残念なのが(あまり良くメニューを見たわけではないのですが)肴(つまみ)の
種類がいま一つだったのでした。日本酒に合うようにと良く考えられているのでしょうが
私の大好きなチーズのおつまみがありませんでした。覗いてみるだけに留めました。
日本酒には意外とチーズが良く合うのになぁ~旨い高級な肴は要りません。
日本酒をじっくり味わうのには軽く摘む程度が良いと思います。
例えば「バタピー」「柿の種」「缶詰(さんまの蒲焼・鮭缶・鯖の水煮・・・・)」「さきいか」
「クラッカー」・「ハム」等の本当に簡単な凝った物でなくて良いのです。
私は銘柄よりも中身に拘っていて「醸造用アルコール」が入っていないもの・が一番
使用されている米が「山田錦」のもの・が一番
勿論お水が美味しいとされている産地のもの・が一番 と思っています。
もうお酒好きの方はそんなの当然だとはお思いでしょうが、実際に購入するときに
その辺を気を付けていられるでしょうか?
辛口とか吟醸とか飲み口とか言われますが
やはり口に含んだ瞬間に「お米の味」が良くわかり「水の流れ」を感じたり「酒蔵の様子」が
伝わってくるようなお酒が自分には一番美味しいように感じます。
だから私はお猪口で“チビチビ”と時間をかけて飲むのが好きです。
そんなこんなで日本酒の取り揃えてあるお店を発見しながら、中央口に到達しました。
大勢の人が足早にコンコースを駆け抜けているなかでまたまた私の脳裏には
このまま「湘南電車」で横浜に戻るのはつまらない。京葉線に乗って千葉方面に行き
帰りを「横須賀・総武快速線」に乗って来ればいいじゃん!?
地下4階の「京葉線」のホームに降り立ちました。
ホ-ムには17:28発の「蘇我行き快速」が発車を待っていました。
さすがに京浜東北線や山手線のように数分おきに電車が行き交う路線では無いので
発車まで少し待ちました。もっと早い時間ならば「東京ディズニーランド」に向かう人達で
混んでいるのでしょうが、もう夕方なので通勤客が帰りを急いで電車に乗り込んで来ました。
そんな人々を見ながらのんびりしているといつの間にかほぼ満員になっていました。
発車のベル(と言うよりもシンセの電子音)が鳴ってドアが閉まり私の乗った電車は
モーター音を荒げて徐々にスピードを増して快調に快速運転が始まりました。
地下駅のいくつかを留まり進んで行くと地上にと言うよりも海の上に出ました。
日頃は自動車で首都高湾岸線から見ている景色なのですが今はその中にいるのです。
今もし窓を開けて下を除けば運河の上の高~いところを走っているわけで
それは恐ろしい光景になるでしょう?湾岸線を走っていても「荒川橋梁」などは
相当な高さでしたから。落ちたら大変!?と思うと背筋がゾクゾクッとしました。
電車はモーター音の呻りを上げて通過駅を駆け抜けて行きました。
外はすっかり日が落ちて運河の上の楽しい景色など楽しむことは出来ませんでした。
幕張メッセの高層ビル群を通り浦安のマンションそ過ぎ(ライトアップされたTDLも)
遠くに千葉駅周辺と思われるネオンサインの目立つ商業ビルを見ながら約1時間で
終点の「蘇我」に到着しました。夜の風は(海風か?)冷たく頬に突き刺さりました。
暖かいお家が恋しくなってきました。
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さあてっと。そろそろ戻ろうかなぁ~
千葉方面行き電車は・・・・18:21発の「千葉」行きか~
その後だとかなり時間が経ってからの横須賀・総武線快速になるなぁ。
きっと先に千葉へ行ってからならその前の快速に乗れるかな?
先に来た電車に乗ろう。たばこを吸う場所は無いかな?ホームの端を探して見るが
見当たらないな~寒くなってきたなぁ~とブラブラしていると電車の到着を知らせる
アナウンスが流れて来ました。「千葉」行きの普通電車です。
今では懐かしい横須賀線のクリーム色と紺色の古~い電車が重そうな鉄の車体を
震わせてホームに滑り込んで来ました。と言うよりもしんどそうに到着しました。
外観には凸凹のサビや塗装を直した跡が見られて、コンプレッサーの
廻る音が妙に大きく聞こえて昔の電車だなぁと言う感じで思わずお疲れさん!と
心の中で声を掛けました。
18:21定刻に出発して老体の電車はモーター音を立てながら一生懸命に
「千葉」へ向けて駆けて行きました。14分ほどで終点の「千葉」に到着です。
千葉の近郊型電車も既に湘南電車に使われていたステンレスの電車に置き換えが
進んでいましたのでこのご老体もそう遠くない時期に廃車・解体の運命にあるのかなぁと
惜別の気持ちでホームに降り立ちました。
その電車は折り返しでまた、千葉の内陸部に向かってお仕事に就きました。
約10分程で「横須賀・総武快速」の「逗子」行きの電車が軽快にホームに
飛び込んで来ました。「グリーン車」を従えて堂々の15両編成での到着です。
しかし、ステンレス車体なのですが予算を抑えて20年位が寿命を目途に
作られた電車だけにもうステンレスの凸凹が目立ち始めているではありませんか!?
ちょっとガッカリでした。昨今の省エネ対策と点検の為の人件費削減
更には部品・材料の再利用と言う流れで仕方ないと言えば仕方ないかな?
18:45定刻に「快速電車」は軽快に横浜方面を目指してフルスピードで
千葉県に別れを告げ東京へ(地下駅)・更には品川区の下町から川崎の
新都心を通り鶴見で湘南電車と合流して横浜へはアット言う間に着きました。
もうすっかり日も暮れて家路に急ぐサラリーマンで電車はほぼ満員でした。
皆様お疲れ様でした。玄関を開けてほっと暖かいお宅が迎えてくれることでしょう?か?
「OMソーラーの家」ならば暖房要らずのほんのり暖かい木造住宅なのですが!
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そうそう「省エネ」で思い出しましたが、前述の横浜市営バスの車掌さんの格好ですが
紺色のタイトスカートに「開襟シャツ」だったと記憶しています。
当時は夏になると皆サラリーマンは「白い開襟シャツ」を着ていたのでした。
父親も確か着ていました。数年前に流行った「省エネルック」なんて野暮なものでは無くて
「開襟シャツ」を皆が着れば自然と「ノーネクタイ」スタイルになるし格好も良いので
流行るのではないでしょうか?洋服は10年周期で流行るいたいなので今年の夏辺りから
省エネの意味でも「開襟シャツ」がまた流行るといいな~
あとは横浜駅西口の正面の「相鉄ビル」の前に「トロリーバス」が走っていたものです。
それを横浜高島屋の「お好み食堂」から眺めていたのを思い出します。
楽しかったな~日曜日にオメカシをして横浜や伊勢佐木町へ行って「高島屋」「野澤屋」の
「お好み食堂」でふだん家では食べられない
「マカロニグラタン」や「お鮨」「オムライス」なんかを食べて
その時は必ず父親はビールを頼むのです。そして必ず母親が昼間から!!と言うのでした。
食後は屋上の遊園地で乗り物で遊んで帰ってくるのですが~楽しかったなぁ
話がそれましたが「トロリーバス」をまた復活させては如何でしょうか?
排気ガスが無いので大気汚染が少しは抑えられるのかな?電気の確保が大変かも?
しかし昨今では「路面電車」を復活させようとする動きがあるのでいいとは思いますがね?!
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「路面電車」と言えば勿論横浜にも市電が走っていましたね。カラーリングは今の市営バスと
同じでした。格好好いのがありましたっけ。あのモーター音も今は懐かしい音になってしまい
この近所では聞けなくなってしまったかな?市電もそれぞれ新型車を投入して
サービス向上に繋がっているようですね。東急世田谷線も新しいのに変わってしまいました。
デザインは昔の方が格好好いものがたくさんあったように感じます。
東急の「青蛙」なんか格好良かったなぁ~赤い急行の看板を横に取り付けて遠くから
走って来て「反町」を通過して行ったのでした。更には相鉄にも同じようなカルダンカットの
格好好いのが走っていました。横浜線にも近代の通勤車の原型になった72系79型の
最終型が走っていたときは胸がワクワクしてきた覚えがあります。
その当時は普通は4両編成で走っていて途中(中山)から7両編成になった記憶があります。
東神奈川や中山で4両と3両を連結しているところを良く覗いていたものです。
上手に一度接近して“ガチャン”と言う音をたてて連結が完了しました。
電車と機関車とでは連結の方式が違うのです。
前に「寝台列車」に乗ったときに改めて気付いたのですが
発車するときに 遠くの方から“ガチャン・ガチャン・ガチャン”と伝わってきて始めて
自分の車両が動くと言うような形でした。電車とは違いなかなかノンビリとしていましたね。
電車は殆ど毎日固定編成で走っているのですが、客車や貨物車は連結・切り離しの
繰り返しなのでそれを簡素化したのでしょう。仕方ないですね。
簡素化すると好いデザインが生まれてきますね。シンプルイズベストかな?!
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「寝台列車」のイメージは「上野駅」です。
先日また突然に脚がテクテクと「中山駅」に向かったのでした。
そこで横浜線の「桜木町」行きに乗って横浜で乗り換えました。
「湘南新宿ライン」の「小金井」行きに乗り換えました。
久し振りの東北本線です(現在は宇都宮線と名前を替えています。)。
子供の頃は湘南電車と同じ電車でした。それも湘南電車より短い編成でしたが。
それと「小山遊園地」のあった(今は無いみたいですが)「小山」に
エンジ色の電気機関車と茶色の客車が走っていた記憶があります。
大宮を過ぎると田園地帯でのんびりとした田舎の印象があったのですが
今や宅地の開発が進んで綺麗なこじんまりとした建売住宅が駅付近以外にも
電車の沿線に建っているではありませんか。車で東北道で移動していた間に
電車の線路の沿線がガラッと変わってしまったようです。
これからどんどん駅前も開発されて来て都心と同じようになって行くのかな?
ただ、寒いので住むには少し抵抗かあるのかしらねえ~
建て方もがっしりした昔の田舎の感じの残った住宅です。いま一つかな?と。
ただ敷地や道路が平らだから建て方や計画はし易いでしょう。
日当たりも十分なので特に「OMソーラーハウス」の威力が発揮できると思います。
これからは蓮田の近くの川沿いの「桜」が綺麗なのです。それは変わっていないでしょう。
そうこう沿線の眺めを見ながら利根川を越していよいよ「小山」です。
「小山」もご他聞に漏れずに新幹線が止まる駅になって立派な駅に改修されていました。
なんとエンジ色の機関車で茶色の客車を引っ張っていた水戸線はクリーム色に紺色の
帯を身に纏った新しい電車(常磐線のお下がり)が走っていました。
乗り換えの時間にお昼を取ろうと駅のあちこちを探していたら「両毛線」のホームに
得意の「立ち食いそば」屋さんがあったのでそこで昼飯を食べました。
寒いので暖かいお蕎麦が妙に美味しかったです。味はいつもどこにでもある味でした。
特に感動はしませんでした。東神奈川の駅にある「立ち食い蕎麦」屋さんと一緒ですね。
丁度「両毛線」の高崎行きの電車が(これも東北本線に走っていた電車を使用して)綺麗に
なっていました。それと更に折り返しの次の電車が入って来て驚いたのが
身延線に走っていた電車の外装を直して走っておりました。
身延線には今JR東海の新型車両が走っているのです。
御殿場線も何とJR東海ですので新型電車が走っていました。
どんどん変わって良くなっているのですね。住宅も同じです。
                ~303
「両毛線」のイメージは全くありませんでした。
途中の駅は「桐生」「佐野」「足利」と言った栃木県でも有名な地名を通り過ぎて行きました。
へえ~こんな街並みだったんだ~何か寂しい街だな~と感じました。
そうこう眺めながら暫くすると茶色のレトロ調の列車がホームに留まっている駅に着きました。
なんと言う線なんだろうと目を凝らしていると「わたらせ渓谷鉄道」でした。
そおか~渡良瀬川と言えば「足尾鉱毒事件」で有名になったところジャン。へえ~っ?!
あとは「森高千里」のわたらせがわかな?なんてね。
冬の落ち葉がこぼれて裸になった樹木の向こうに山々が見えて寒々しい景色が続きます。
そんな景色が続いていたら段々と都会の見慣れた看板がそこかしこに存在する街中に
なって来ました。「高崎」に到着のようです。アナウンスで乗り換えの案内がありました。
いよいよ今日の小さな小さな鈍行の旅も帰路につくかと思うと無性に「一服」をつけたくなり
高崎に降りて時間があったら「一服」をしようと考えました。
最近は喫煙コーナーはホームの端へ追いやられています。
ご他聞にもれずに「高崎」駅も前橋寄りの端っこにありました。
しばし「一服」をつけていると向こう側のホームにまたまた両毛線にて発見した
身延線のお古の電車が発車を待っているではありませんか?!
行き先表示版には「横川」となっていました。そうなんです。
昔「信越線」と「上越線」がここからで長野方面行きと新潟方面行きとに別れるのだったなぁ。と
今では「碓氷峠」を駆け上がって行く電車は無くなったのでしたね。
有名な「釜飯」も自然とみんなの記憶から薄れて行くのかなぁ~寂しいですね。
あの容器を皆持ち帰り自宅で使ったり飾りにしたりと訪問する家には必ず有ったものです。
今は「大宮」にオープンした鉄道博物館がありますが以前は「横川」「青梅」に鉄道公園が
あって実車を保存してありました。ただ屋外だったせいもあり、名車が雨で白っぽくなって
いたのを見たときには残念な気がしました。きっと今度の鉄道博物館の名車たちは
いつまでも栄光の名車のまま輝いていてくれるでしょう。
あんな広い空間を暖めるには相当のエネルギーが必要なのだろうなぁ~
どうして暖めているのだろうか?と考えてしまいました。まさか「OMソーラー」で
暖房をしているわけでは無いだろうし。どうしているかを一度調べてみます。
                ~304
最近の新型車両についてよく見たことはありますでしょうか?
出入り口のドアや窓は何とペアガラスが使用されているのです。
車でもメルセデスベンツのSクラスはペアガラスを採用しています。
勿論冷暖房効率を上げて少しでも“省エネ”にと積極的に取り組んでいるわけです。
電車の数といったら相当の数になるわけで。
その取り組みが成功すればかなりのエネルギー削減にもなるはずです。
数でも住宅になればなおさら冷暖房消費に費やすエネルギーを削減できるはずです。
「OMソーラーハウス」は25%以上の削減率で更には次世代型の住宅にすれば
もっと削減率はアップします。そんな建物が増えれば当然、化石エネルギーを
大量に消費しなくなります。更には原子力発電所に依存する割合も減らせます。
そこで民間のエネルギーを削減しようと省エネ住宅には政府は補助金を出して
エネルギー対策を強靭に進めています。
今年は省エネ住宅を建てるには絶好のチャンスになると思います。
電車に限らずディーゼル車もハイブリッド車両の開発が進み、現在実験走行を各地で
行っているのですから鉄道の近代化が加速して進むでしょう。楽しみです。
勿論、ロングレールに交換して列車の揺れと音の削減が進み「乗り心地」も
新幹線に限らず在来線でもかなり良くなってきております。
脚の向くまま気の向くままの「鈍行列車」の旅を続けて新しい発見をして行きたいな~
                ~305










  
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by hotel-califorunia | 2008-02-26 16:29 | 旅と建物