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開業100周年

JR横浜線が開業して100周年が今年の9月に控えていると言う情報は
なかなかご存知無いでしょう。先日仕事の用事で横浜から帰ってくる電車の中から
偶然「小机駅」の横断幕を見て(それも1枚しかかけていない)初めて知りました。
横浜港開港150周年と言うことは、港が開港して50年後に開通したのは
凄く驚きです。元々横浜線は甲州地方の「生糸」を横浜港に運ぶ為に建設されたのは
皆様もご存知のことでしょう。それを目的に開通まで50年もかかると言うことは
大変な工事だったのでしょう。確かに叔父が国鉄職員で電気の部門で働いている時に
良く口癖のように「あの横浜線はコンニャク路線で大変なんだよ」と言っていたのを
思い出します。確かに田んぼの中や原っぱの中を走っているのです。
そしてその何れも土手を作って真っ直ぐに線路を敷いているのですね。
それこそ40年位前は単線でした。それを複線にしたものだから
中山~十日市場の間の「三保踏み切り」と「ほうたい寺踏み切り」の間を見ると
昔の単線時代の線路に対して複線の線路を脇に施設して言った様子が良く判ります。
私が小学生の頃は「三保踏み切り」で線路に五円玉とか釘を置いて電車に引かせて
潰れて大きくなった五円玉を手裏剣に、潰れた釘が剣のようになってそれを皆でこしらえて
遊んでいたものでした。当時は蒸気機関車が八王子から小机まで1日1往復していました。
八王子から来る時は正面を向いて機関車がやってきましたが折り返しの八王子方面へは
機関車が後ろ向き(石炭を積むタンクが先頭を向く)で走って行きました。
そんなノンビリしていた横浜線も今では黒字路線ではないですか。凄い発展振りです。
さらには毎週土日や休前日には横浜と松本を結ぶ「はまかいじ」と言う特急電車まで
走っているのです。横浜方面から信州方面へ行くときには大変便利で安くあがるので
とても人気の電車のようです。確かに乗り換え無しで甲府や松本へ行かれれば便利です。
100周年の行事ですから希望的観測として「蒸気機関車」の特別列車が走れば良いな~と
思ったりするのは私だけでしょうか?先日も千葉で「蒸気機関車」の引く列車が千葉の
ど真ん中を煙を吐いて快走したようですのでもしかすると実現するかも・・・・・・
走った機関車も確か「C-58」だったと思うので当時横浜線に走っていたのも
中型貨物牽引用として使われた「C-58」だったと記憶にあるから丁度良い演出ではないかな
とても楽しみな今年の9月になりそうです。そのときは子供の頃撮影したポイントで
早くから三脚を構えて良い写真を撮ろうと思います。 
                ~525
 
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by hotel-califorunia | 2008-05-25 18:54  

街並み

列車や電車に乗っているとなかなか洒落た街並みだな~と感じる場所がポツリポツリと現れて
良い感じだな~と思う場所があるとお気付きでしょう?
特にこの横浜市青葉区辺りは東急さんの建売が多く点在しています。
そんな中で市ヶ尾駅を出た電車がトンネルに入り出たところの山側(246側とは反対側)を
観ると同じオレンジ色のS瓦で外壁が柔らかいクリーム色の建物が50棟位か?
整然と並んでいるのを観たことがあるかと思います。
あれは東急さんが建売り住宅として分譲したものですが
景観と言うことで有名になった場所であります。
当時東急さんは有名な「宮脇 壇」さんに建売りの「街並み」計画をしてもらい
随分綺麗な建売りの街並みを築いていたものでした。
あざみ野にも上り坂の両脇を階段状に綺麗に揃った街並みを造っていました。
建っている建物は少しづつ土地の条件によって変えてありましたが
外構計画が皆揃っていてとても綺麗な街並みに感じました。
新しい街ではとても重要な条件だと思います。
学校の授業で「景観構成」なる授業がありましたが
毎回毎回スケッチブックを持って都会の街並み(ビル群や大通り)を写生して来ると言う課題を
やらされたものでしたっけ。同様に「色彩」の授業でも同じことをやらされました。
それは街並み・建物の調和・色彩を勉強するためだったのか!と社会へ出て判りました。
お陰様で今はそのときに養った目で街並みを観るようになったことを感謝しております。
車窓からの眺めもそのような見方に変えて眺めているととても楽しいはずです。
東海道新幹線に乗って関西方面に行く途中であるところから急にグレーの
日本瓦の家が多くなります。そう「三州瓦」の産地になるのです。
更に奈良のほうになると外壁が黒い土壁の家が多くなります。
柱の太いのを使い、コマイを編んで造る土壁なのです。
地方性豊かで楽しいです。のとその地方に合った建物の建て方として
大変勉強になります。 
                0522
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by hotel-califorunia | 2008-05-22 14:19  

関東平野

先日、休みの日(と言っても午前中は仕事に)の午後にいよいよラストに近いJR「¥130の旅」に出かけました。
ラストに近いと言うのは関東圏のJR線で電車の天井に良く張ってある路線図がありますが、
全て乗ってみようと言うことを考えてしまい、ここ数ヶ月の間で休みの日で暇が出来たときに
ぶらっと出かけていたのです。
最初は横浜線八王子から八高線~中央線との旅からでした。
先日は東海道線で東京へ出てそこから上野へ。上野から常磐線に乗り途中の「友部」で
今度は「水戸線」に乗り換えて終点の宇都宮線「小山」へ。
最後は湘南新宿ラインで「横浜」へと言うコースで戻って来ました。
流石に横浜線の「中山」の出発が14:26発の快速「桜木町」行きだったので
横浜線の「十日市場」へ戻ってきたのが21:30になっていました。いつも「十日市場」で
「ベックス」のコーヒーを飲んでから帰るのですが、もう21時にお店が閉まっていたのです。
やはり、朝早くから出かけないと駄目だと言うことですね。
「水戸線」とは茨城県のほぼ中央を横断する路線でのどかな田園地帯と関東山地との境を
国道に沿って走る路線でした。まだまだ「蔵」がある農家の家が随分ありました。
自分の畑や田んぼで自給自足が可能な田舎でした。
近くにコンビニがあるようなところでは無いので自然に昔ながらの生活を続けているのでしょう
さすがに「OMソーラーハウス」は一軒も見当たりませんでした。
太陽光発電と太陽熱温水器を載せたお宅はポツリポツリとあったのですが
あんなに日当たりの良いお家が沢山あるのに勿体無い限りです。残念。
水戸線と言うと単線でのんびり走ると言うイメージで乗りましたが
新型電車は快調にと言うよりもかなりのスピードを出して走っていました。
所謂、この辺で言うと「横浜線」と言うよりは「湘南電車・横須賀線」と同じスピードですね。
駅と駅の間の距離も「友部」から暫くの駅はかなりの距離になるようでした。
やがて栃木県との境に近づき終点の「小山」まで残すところあと2駅~3駅位のところまで
くると駅と駅の間は短くて横浜線並みになって来ました。
「結城」は未だ茨城県なようで直ぐとなりが「小山」で栃木県なのですね。知りませんでした。
途中の「真岡鉄道」も栃木を走っていると言うイメージだったのですが
今回の旅で茨城県と栃木県の境を縫うように走っていたのだと勉強になりました。
方言も「学生さん」はあまり無いようでしたが良く聞いているとやっぱり「なまって」いました。
なんだか懐かしい感じがして思わず心の中で「クスクス」と微笑んでしまいました。
後乗っていない線区と言えば「鶴見線」「青梅線」「五日市線」となりました。
気候もよくなって来たので「青梅」方面に行ったならば脚を伸ばして「長瀞」方面へ
行くと綺麗な景色に出会えるのだろうな~と思っています。更に私鉄の「秩父鉄道」に乗り
ローカル私鉄の味も味わえるのでしょう。
但し、終点の駅で下車しますので¥130の旅ではなくなるのはちと残念だな~
今度はどんな「旅」を計画しようか?楽しみです。
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by hotel-califorunia | 2008-05-11 18:55  

撮影の楽しみ

フィルムによる写真は撮ってから現像へ出してそれから印画紙に焼いてはじめて撮った絵が
判るので大変楽しみであると私は感じております。
何せ、露出はどうだったかな~シャッタースピードは大丈夫だったかな~構図はどんなかな~
ピントは何処に合っているのかな~と色々想像しながらどんな絵が出来るのだろうか?と
心配で心配で夜も眠れないような状況になるのです。
最近では現像も早くなったのでイライラの時間が少なくて済みますね。
物凄い絶好の絵が焼けてでてきた時のあの喜びと言ったら最高の味わいです!
ディジタルではその瞬間に見られてしまい、良し悪しが直ぐに判るので助かりますが
写真とは本来、そのときその瞬間を目に焼き付けるのと同じで写真に焼き付けるのです。
従って、確かに構図やらピントやらが早くわかり、いい写真は出来るかも知れませんが
時をその瞬間を絵にして表すとすればフィルムのカメラで撮ってそれを大切に
ワクワクドキドキ楽しみに待つと言う点では古くからのフィルム写真が良いと私は思います。
大きく伸ばしたときにもフィルム写真は解像度がはっきり鮮明で、素晴らしい作品が
できます。更に「白黒」のフィルムを使って撮った日には最高に上手くなったように感じます。
瞬間を切り取って焼き付けるのですから、本当に良い出来の写真はその後に被写体が
こちらに向かって飛び出してきそうな絵が出来るのです!!
昔は撮るシーンに合わせてネオパンSSとかTRY-Xとかを選んで撮っていましたね。
勿論フィルムは生き物ですから「冷蔵庫」に保管したりして・・・・・・とかろがそれをすっかり
忘れてしまい、また新しいフィルムを買ってきて「冷蔵庫」を開けた瞬間に「またやった~?!」
なんて失敗はよくしましたね。当時はフィルム売り場は地下にあって大きな、今で言う
スーパーの生鮮食品売り場のような冷蔵ケースに並べてありました。
今でもそうだとは思いますがね。それと消費期限もあってよく忘れてしまい勿体無いことを
した覚えがありますね。
そう、白黒ならば自分でも焼けて大きく引き伸ばしてパネルに収めたことも
ありましたです。蒸気機関車を上手く撮ってきて飾ったな~あの写真はどこへ???   
                ~503      
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by hotel-califorunia | 2008-05-03 18:18